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最高裁判所第三小法廷 昭和42年(あ)710号 決定

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人ウォーレン・ジー・シミオール、同中尾昭の上告趣意は、判例違反を主張する点もあるが、判例を具体的に摘示していないし、また、その余は、憲法三一条違反を主張する点もあるが、実質はすべて単なる法令違反の主張であって、適法な上告理由にあたらない。

しかしながら、原判決の判示するところによれば、被告人は、普通乗用自動車を運転中、過失により、被害者が運転していた自転車に自車を衝突させて被害者をはね飛ばし、同人は、被告人の運転する自動車の屋根にはね上げられ、意識を喪失するに至ったが、被告人は被害者を屋上に乗せていることに気づかず、そのまま自動車の運転を続けて疾走するうち、前記衝突地点から四粁余をへだてた地点で、右自動車に同乗していたロドニー・イー・マーチンがこれに気づき、時速約一〇粁で走っている右自動車の屋上から被害者の身体をさかさまに引きずり降ろし、アスファルト舗装道路上に転落させ、被害者は、右被告人の自動車車体との激突および舗装道路面または路上の物体との衝突によって、顔面、頭部の創傷、肋骨骨折その他全身にわたる多数の打撲傷等を負い、右頭部の打撲に基づく脳クモ膜下出血および脳実質内出血によって死亡したというのである。この事実につき、原判決は、「被告人の自動車の衝突による叙上の如き衝撃が被害者の死を招来することあるべきは経験則上当然予想し得られるところであるから、同乗車マーチンの行為の介入により死の結果の発生が助長されたからといって、被告人は被害者致死の責を免るべき限りではない。」との判断を示している。しかし、右のように同乗者が進行中の自動車の屋根の上から被害者をさかさまに引きずり降ろし、アスファルト舗装道路上に転落させるというがごときことは、経験上、普通、予想しえられるところではなく、ことに、本件においては、被害者の死因となった頭部の傷害が最初の被告人の自動車との衝突の際に生じたものか、同乗者が被害者を自動車の屋根から引きずり降ろし路上に転落させた際に生じたものか確定しがたいというのであって、このような場合に被告人の前記過失行為から被害者の前記死の結果の発生することが、われわれの経験則上当然予想しえられるところであるとは到底いえない。したがって、原判決が右のような判断のもとに被告人の業務上過失致死の罪責を肯定したのは、刑法上の因果関係の判断をあやまった結果、法令の適用をあやまったものというべきである。しかし、本件では、被告人は、道路交通法七二条一項前段、一一七条の救護義務違反の刑によって処断されているのみならず、業務上過失致死と同傷害の法定刑は同一であり、被告人の刑責が業務上過失傷害にとどまるにしても、本件犯行の態様等からみて、一審判決のした量刑は不当とは認められないから、右あやまりは、いまだ原判決を破棄しなければ、著しく正義に反するものとはいえない。

よって、刑訴法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 松本正雄 裁判官 田中二郎 裁判官 下村三郎)

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